靖国神社2
2008年03月31日
そして常陸丸殉難記念碑、田中支隊忠魂碑と続き
今までの道のりを神門から振り返るとこうなる、大体500mくらいの道のりだろうか。
A級戦犯を分祀せよなどと特定亜細亜の国が言ってきたり、あろう事か一部の日本人も言っているが、ただの無知である。ここに分祀するような、お骨や位牌などないのだ。ただ御神体の大鏡があるだけなのだ。大体日本の神道に形なんてない、そこに英霊が眠っているという精神的なものなのだ。何故それをきちんと説明しないのか本当に馬鹿げていると思う。私は日本を守りますなどと大それた事は言えないので、ただ安らかに眠ってくださいと、感謝の念をこめてお参りしている。
先週は靖国の桜も3分咲きくらいであったが、今頃は満開であろう。
森山直太朗
作詞/森山直太朗・御徒町凧
作曲/森山直太朗
ピアノアレンジ/花ヶ崎有子
ぼくらはきっと待ってる

君とまたえる日々を
桜並木のみちの上で
手を振り叫ぶよ
どんなに苦しい時も
君は笑っているから
くじけそうになりかけても
頑張れる気がしたよ
かすみゆく景色の中に
あの日の歌が聞こえる
さくら さくら 今咲きほこる
刹那に散るゆくさだめと知って
さらば友よ 旅立ちのとき
変わらないその想いを 今
今なら言えるだろうか
偽りのない言葉
輝ける君の未来を
願うほんとの言葉
移りゆく街はまるで
僕らをせかすように
さくら さくら ただ舞い落ちる
いつか生まれ変わる時を信じ
泣くな友よ 惜別のとき
飾らないあの笑顔で さあ
さくら さくら いざ舞い上がれ
とわにさんざめく光を浴びて
さらば友よ またこの場所で会おう
さくら舞い散るみちの
さくら舞い散るみちの上で
靖国に参拝すると、「明るい豊かな社会」って何なのかと考える、この投稿をしている間でも胸がつまる。結論は出ず、自分は無力で、ただただ彼らに感謝するしか出来ないのだが、日々のつまらないストレスに思い悩んでいる場合ではなく、与えられた命を大事にし、彼らの事を一人でも多くの人に伝えていかなければと思う。
靖国神社
2008年03月30日
先週火曜日、金美齢さんとの打ち合わせの帰りに、靖国神社へ参拝した。私は最近東京へ行く機会があれば極力靖国へ参拝しようと心がけてきた。今回で8回目の参拝になる。何故8回目と正確に数を把握出来るかというと、毎回参拝する度に買うものがあるからだ。それが、この「英霊の言乃葉」という拝殿前の社頭に月ごとに掲げられる遺書を編集した本だ。
知覧や遊就館の遺書を見て、胸をうたれ、この遺書をもっと読んでみたいという衝動にかられた。「英霊の言乃葉」は昭和35年の社頭掲示から平成14年までの全8巻が発行されている。この本を参拝の度に一冊づつ買っていこうと思い、今回8巻を買った、よって参拝が8回目ということである。次回参拝するときは9巻がでているであろう。


今月の社頭掲示を紹介しよう。
遺書 陸軍歩兵伍長 福田誠一命 昭和14年3月10日
支那江蘇省山後村付近にて戦死 広島県安芸郡倉橋島村出身 25歳
弟進へ
進よ、兄は戦争に行く二度と会う事は出来ぬ、進よ、兄が戦死と聞いたなら内の責任は君の双肩にあり、父母によく仕え立派な人間になってくれ、兄の墓を建ててくれ、兄が最後の願いだ、君は生活に苦しむと言う事はないと思うが立派に暮らしてくれ、何事も打勝つと言う事だ、父母を頼む、これから社会へ立つのだ、一歩一歩進み行けよ。
妹富美子へ
富美子よ、君は勝気なるが故に兄は心配する、女の道は只実直に進むのだ、君の今の病気に負けてはならぬ、恋愛に落ちるのでは無い、今君の責任は大である、君故にお父さんは心痛して居る、何事も父に打ち明けて相談せよ、わからぬ父では無い、早く病気を治して良い家に嫁いでくれ、君の顔を一目見たいが会はずに兄は征く、君の花嫁姿は何処かの地下で手をたたいて喜んで見て居る。
「英霊の言乃葉」にはこのような遺書や、家族の手紙等が掲載されているのだが、文面の純粋さに胸を打たれる、そして現物を見ると、その達筆さに羞恥心を覚える。この遺書を書いた福田伍長も25歳である。現代に生きる私達とこの時代の若者達の精神性の違いはなんなのかと思う、25歳でここまでの文章を書ける若者がたくさん存在した日本、それは連合国にとっても脅威であったと思う。戦況が悪化していくと、その遺書の中には靖国で会おうという言葉が頻繁に出てくるようになる、確かに彼らはここに眠っているのだと感じる。
書きたいことがまだまだあるのに外出しなければならなくなった。続きは帰宅後。
今月の社頭掲示を紹介しよう。
遺書 陸軍歩兵伍長 福田誠一命 昭和14年3月10日
支那江蘇省山後村付近にて戦死 広島県安芸郡倉橋島村出身 25歳
弟進へ
進よ、兄は戦争に行く二度と会う事は出来ぬ、進よ、兄が戦死と聞いたなら内の責任は君の双肩にあり、父母によく仕え立派な人間になってくれ、兄の墓を建ててくれ、兄が最後の願いだ、君は生活に苦しむと言う事はないと思うが立派に暮らしてくれ、何事も打勝つと言う事だ、父母を頼む、これから社会へ立つのだ、一歩一歩進み行けよ。
妹富美子へ
富美子よ、君は勝気なるが故に兄は心配する、女の道は只実直に進むのだ、君の今の病気に負けてはならぬ、恋愛に落ちるのでは無い、今君の責任は大である、君故にお父さんは心痛して居る、何事も父に打ち明けて相談せよ、わからぬ父では無い、早く病気を治して良い家に嫁いでくれ、君の顔を一目見たいが会はずに兄は征く、君の花嫁姿は何処かの地下で手をたたいて喜んで見て居る。
「英霊の言乃葉」にはこのような遺書や、家族の手紙等が掲載されているのだが、文面の純粋さに胸を打たれる、そして現物を見ると、その達筆さに羞恥心を覚える。この遺書を書いた福田伍長も25歳である。現代に生きる私達とこの時代の若者達の精神性の違いはなんなのかと思う、25歳でここまでの文章を書ける若者がたくさん存在した日本、それは連合国にとっても脅威であったと思う。戦況が悪化していくと、その遺書の中には靖国で会おうという言葉が頻繁に出てくるようになる、確かに彼らはここに眠っているのだと感じる。
書きたいことがまだまだあるのに外出しなければならなくなった。続きは帰宅後。
3月雀友会
2008年03月29日
昨日から日曜までJC事が何もないのだが、花粉症のせいで相変わらず気分が優れない。こんな時はかえってJC活動があったほうが気が引き締まるのにと思いながらだらだらと一日を過ごしてしまった。大好きな阪神タイガースは開幕2連勝を飾り、宿敵巨人は今のところ開幕2連敗をしそうで、なかなか痛快である。さて、表題の雀友会であるが、毎月最終週の水曜日に開催されている、26日の夜から日付が変わった27日過ぎまでただひたすらマージャンをするのだが、これが意外と面白い。前回の雀友会でも書いたが、私は青年会議所のサークルにほぼ所属している。サッカー部、野球部、そしてこの雀友会である。
二日前の投稿でお知らせしたとおり、ここで藤井君は快挙を成し遂げた。


マージャンに詳しくない人にはさっぱりであろうが、国士無双という役マン手をあがったのだ。彼はマージャンにおいてミラクルを良く起こすので、私もあまり一緒に打ちたくないタイプの一人だ。
実は、この国士無双の少し前に同じ卓で、これも役マン手である、スーアンコウを西岡さんがあがっていた。同じ卓から立て続けに二回である、こんなことは私の長いマージャンキャリアの中で初めてのことである。
被害者は中村君と池田君であった。
同じ卓から二回も役マンを出されると、もう勝ち目はない。中村君は昨年のチャンピオンであり、いつも勝っているので、あきらめもつくであろうが、真の被害者は右側で本気で落ち込んでいる池田君であろう、彼は初参加の車中で、大学時代に相当マージャンではならしたという話をしていたのだが、この雀友会ではまだ一度も勝った事がない。私はというと、毎回少し勝たせてもらっている、この日も少し勝たせてもらった。マージャンは半分以上運であるが、後は確立計算である。しかし彼らと卓が違って良かった、それも運のうちである。
二日前の投稿でお知らせしたとおり、ここで藤井君は快挙を成し遂げた。
マージャンに詳しくない人にはさっぱりであろうが、国士無双という役マン手をあがったのだ。彼はマージャンにおいてミラクルを良く起こすので、私もあまり一緒に打ちたくないタイプの一人だ。
同じ卓から二回も役マンを出されると、もう勝ち目はない。中村君は昨年のチャンピオンであり、いつも勝っているので、あきらめもつくであろうが、真の被害者は右側で本気で落ち込んでいる池田君であろう、彼は初参加の車中で、大学時代に相当マージャンではならしたという話をしていたのだが、この雀友会ではまだ一度も勝った事がない。私はというと、毎回少し勝たせてもらっている、この日も少し勝たせてもらった。マージャンは半分以上運であるが、後は確立計算である。しかし彼らと卓が違って良かった、それも運のうちである。
「春よこい」試写会
2008年03月28日

肝心の映画の感想であるが、唐津JCの先輩や、唐津市長等が、エキストラに出演していて、それを探すのに気をとられた。この映画は、ほとんど佐賀で撮影されている。中洲の屋台のシーンは、最初に中州の全体像が映し出され、屋台のシーンになるのだが、実はこの屋台は愛敬町で撮影されたものだ。上手く繋ぐとそこは中州になってしまうのが面白い。幸陽軒の看板ははっきりと映っており、宣伝料を払ってもよいくらいだった。内容はと言うと、知人や街に気を取られて、感情移入出来なかった。そればかりが原因ではないのだろうが、折角佐賀で撮影された映画なのでぜひ、ヒットしてもらいたい。この映画は5月24日に佐賀先行公開され、その後全国公開になる予定です。
検定ジャポン
2008年03月27日
金美齢さんのお宅から、靖国へ向かう道中、東京メトロの広告に面白いものがあったので、思わず写真を撮ってしまった。近々放映が開始される、検定ジャポンという番組の宣伝広告であったが、反対側の席に座りながら興味深く見ていた。キューピーちゃんが、47都道府県に、ゆかりのあるコスプレをしているのだが、そのコスプレを見た瞬間に、どことわかるものもあれば、かなり難しいのもあった。鳴子は高知、富士は静岡、鹿は奈良かな、なまはげは秋田だろう等と考えながら見ていたのだが、どれが佐賀なんだろうと、一生懸命考えながら見ていた。思い浮かんだのは、ムツゴロウ・吉野ヶ里・・・そんなコスプレはないかと探していたが、
あった!!
金美齢さんとの打ち合わせ報告
2008年03月26日
今朝から花粉症かと思われる症状に悩まされている、タイピングをしていてもすっと鼻水が落ちてきて気持ちが悪い。元々喘息もちなので、少しその症状も出てきて気分が優れない。東京は花粉が凄く、久しぶりにあった友達と夜は行動を共にしていたのだが、彼はしょっちゅう鼻をかんでいた。私は人事だと思い、都会の生活は大変だねなんて言っていたのだが、遅ればせながら私も覚醒してしまったらしい。つまらないことに覚醒してしまったものだ。
さて、話を本題に戻すが、昨日金美齢さんと、4月例会の講演の打ち合わせを行った。事務所をかねた、ご自宅へ伺っての打ち合わせであったのだが、場所は新宿御苑のすぐ横で、ちょうど私が宿泊したホテルと御苑を挟んだ反対側であった。広いリビングの窓からはちょうど御苑が全面に広がり、東京にいながらにして、自然を楽しめる良い環境であった。金氏はいつもの満面の笑みで私をお迎えくださり、私が今まで金氏と携わってきた講演の思い出話や、先日行われた、台湾総統選挙の結果について等お話させていただいた。
追記しました。
2008年03月25日

日本総会本番
http://hashizume.sagafan.jp/e19641.html
麺屋武蔵本店
2008年03月24日

しかし麺が茹で上がるたびに、「ソイ」「セイ」と従業員一同で掛け声を出すのは滑稽であった。

追記しました。
2008年03月24日

私は本日も東京です。
心の教育実践委員会1
http://hashizume.sagafan.jp/e19595.html
心の教育実践委員会2
http://hashizume.sagafan.jp/e19607.html
もうこんな時間なので日本総会の話はまた追記いたします。
日本総会本番
2008年03月23日


東京ビッグサイトで(社)日本青年会議所通常総会が開催された。この総会は議決権を持つ全国青年会議所理事長が、一同に集い、前年度の事業報告、決算、今年度予算を審議し、各日本の委員会の報告依頼事項を各会員会議所にPRする会である。
私は、よっぽど太田委員長が一昨年から始め、小林委員長が昨年継承した、「打ち水運動」の方が、国民の誰もが手軽に参加でき、地球温暖化について考える機会を多数の人に啓蒙する運動としては優れていると思うのだが、まあしょうがない。
C.W.ニコル氏の講演も自身の財団法人の宣伝と、基金の募集で締めくくられ、演題とはかけ離れた内容であった。
途中で消えた運営幹事さん、こんなもので報告よろしいでしょうか、帰佐後資料はお見せします。
心の教育実践委員会2
2008年03月23日

4次会で行った、田中委員長にサマーズ大竹とあだ名をつけられた。

彼はこの日ダンジネス一番強かった、私も東京行きの飛行機が10時20分であることが気になっていたので、本気で挑めなかったのも敗因である。

心の教育実践委員会1
2008年03月22日
↑佐賀JCからは、木下君、平野君、天賀君、三島君が出向している。会議は北方領土問題から、協働運動、地区大会での分科会まで大変重要な問題を真剣に取り組んでいた。






ブロ長公式訪問例会in唐津
2008年03月22日
昨夜は唐津で行われた、ブロ長公式訪問例会へ出席した。佐賀からの参加者は写真の通り14名、集合写真がいつになくきれいだったので大きめで投稿してみた。
西島理事長は、この大会を開催するにあたっての、唐津JCの4年間の想いをメンバーに語りかけた。この日は副主管の調印式をかねているので、唐津JCみんなでお迎えしようと言うことで、100%例会をしようと企画していたらしい。
私は佐賀の理事長になるまでは、唐津JCが一番好きなLOMであった。今はもちろん佐賀JCが一番好きである。
3月例会
2008年03月20日


しかしながら打ち水運動と同じで、私達の普段の生活で小さなことからでも、地球環境について考える機会を持ちつづける事は重要であるとは思う。
今回も講師例会が開催され、
株式会社 ハウインターナショナル 代表取締役 正田英樹氏に
「今求められる地域作り」と題して講演していただいた。


その後、自身の起業の話から元ヤオハンの会長である和田一夫氏との出会い、そして和田氏の失敗談を元にした、インターネットとホームページを利用したカンパニードクターの成功により大忙しになった話、飯塚をアジアのシリコンバレーにしようと思いたった話など、多岐にわたったお話を聞いた。
そしてJCが何をすべきかと言うところだが、

JCに求められるまちづくりとは、jayceeが、率先しておせっかいな熱い人になり、各団体にJCが主体的に参画を促す新しいまちづくりモデルを構築することである。