新營JCin佐賀二日目
2008年04月21日
二日目の予定は午前中に、佐賀JC、佐賀シニアクラブ、新營JCとの交流ソフトボール大会、千代田館での昼食、唐津城、歓迎懇親会であった。

前日の飲みすぎで、目が腫れてしまい、コンタクトが入らず、メガネでソフトボールに臨んだ。一ヶ月使っていなかった細くなった左手の状態が不安であったが、なんとか頑張った。このソフトボール大会は、昨年新營JCに訪問した時に楊会長がリクエストした行事だ。流石にリクエストしただけあって、ユニフォームもばっちり揃っていた。相当強いのだろうと思ったのだが・・・
準備運動に現れた、シェルレンジャー????


大会はなんと福田先輩の大活躍もあり、佐賀JCシニアクラブの皆さまが何故か優勝してしまった・・・新營JCにはなんとか、私達現役チームに勝っていただいた。まあしかし、古賀シニア会長をはじめとする、シニアクラブの皆さまが、多数参加していただけたことは大変感謝するところだ。



ソフトボール大会を終えて、海苔のお土産を買いたいというオーダーに応えて、佐賀空港の川原先輩の所へお邪魔した。佐賀のお土産では、海苔がうけるらしい、新營JCとの交流事業ではこんな突然のオーダーにも応えなければならない、私は国際担当を、しかも受け入れの時ばかり
、過去何度か経験しているが突然の予定変更は毎回あるものである。
昼食会は千代田館で開催され、国際交流委員会の日本式の料理を振舞いたいという思いがこもった昼食会であった。

もともと二時間かけてゆっくりと行うはずの昼食会であったが、突然、楊会長が唐津城と呼子に行きたいといいだされ、急遽一時間に短縮し、急いで唐津へ向かった。もちろん夜の歓迎会に間に合わせるには呼子は無理であるので我慢してもらった。

唐津へ向かうバスの車中に、唐津JCの森先輩に電話をかけ、お出迎えをお願いした。西島理事長をはじめ、唐津JCの皆さま、突然の呼び出しに応えていただいてありがとうございました。このご恩は、全城で返します、流石唐津JC!のりが良い。こののりの良さが大好きだ。




そして、福岡一泊佐賀二泊の交流事業を締めくくる、歓迎懇親会がホテルニューオータニで開催された。
連日記憶を亡くすほど飲み明かし、頭もくらくらで、胃の調子も悪いのだが、今夜が最後かと思うと寂しく感じた。最後の公式の理事長挨拶ということで、少し真面目に今回の交流で思った事をお話させていただいた。この交流が24年間も続いてきたことは、両青年会議所の先輩の方々の努力の積み重ねであることは間違いない。それともう一つ大事な事は、互いの国が平和であるという事であると思う。青年会議所の究極の目的は世界平和です。私達のこの交流事業が今後50年、100年と続いていくということは、即ち両国が平和であり続けるということであると思った。お互い国の平和と両国間の平和と、世界平和を意識しながら青年会議諸活動を続けていかなければならない。
楊会長も最後の夜を名残惜しそうに感謝の言葉を述べられた。こちらこそありがとう楊会長。新營JCのみなさんが佐賀に来てくれたおかげで、私もメンバーも新しい発見をたくさんさせてもらいました。
乾杯の前に、先日例会にお越しいただいた、金美齢さんの歓迎のメッセージビデオが流された。台湾の政局について、また両国の青年会議所活動についての応援メッセージであった。
乾杯の御発声を先輩で歴代理事長の江里口小城市長にしていただきました。


最後の夜なのでお互いの話の内容も感傷的であった。2008年度理事長同士という絆は永遠に続くものであり、永遠の友情と来年の新營での再会を誓い合った。




スクリーンでは先日のSTSのニュース映像が流しだされ、ソフトボール大会のスライドショーも流された。本当に広報委員会の手際の良さには驚かされる。


そしてソフトボール大会の表彰式という段取りだ。
優勝は前述の通り、佐賀JCシニアクラブの皆さま!!KYぶりを見事に発揮し、大人なのに大人気なく優勝されてしまいました。しかしシニアクラブの皆さまには今回の交流事業を通じて多数参加をしていただき、感謝をいたします。古賀会長ありがとうございま
した。そしてMVPは見習い会員の陳君、彼は唯一新營JCの中でファインプレーをした。しかも私がたまたま打った、ヒット性の当たりをだ。商品は、キャッチしたグラブを高々と掲げる写真とグローブであった。彼は受賞のスピーチで、今回の訪問がとても楽しかったという事、受賞の喜び、そして来年は新營で佐賀のみんなを待っていると宣言した。見習い会員の彼からこの言葉を引き出せた事は、大変嬉しく涙が出そうになった。出そうになったとたった今まで思っていたが、写真を見ると、この後の目が真っ赤で、もしかしたら泣いたのかもしれない。




ハッスル賞が各チームから一名づつ選出され、ショートで孤軍奮闘していた楊会長、台湾の方と見間違われる日本人離れの着こなしでソフトボール大会にも参加した森直前、またハッスルという言葉も似合ってしまう。そして本当に活躍してしまった福田先輩であった。
もうこのあたりから記憶が断片的である。









次年度新營JCの王会長が、来年新營JCの創立30周年にたくさんのメンバーで来て欲しいと挨拶された。設立記念日は3月29日で、日本では年度末ではあるが、一人でも多くのメンバーと訪問したいと思う。
閉会の辞、古賀副理事長は、来年必ずたくさんのメンバーで、新營に訪問すると約束していた。んん??
この後は、場所を移動して懇親会の延長戦、私は寝坊してはいけないので、オータニに宿泊していたのだが、ベットに寝たのは3時間くらいであった。この日もホテルへ帰ったのは朝5時半であった。出発は9時半である。








ブログを書く為に写真を見ながら記憶をたどるとなんとなく思い出してきた。このブログ、脳の為には良いかもしれない、しかしまたせっかく活性化した脳細胞は、お酒の飲みすぎで、破壊されるのだろう。しかし何軒どれだけいったのだろう。
おお~~っこのツーショット、そして固い握手は??
次の店では可愛い??マスコットがお出迎えしてくれてみたいだ、私のカメラは江口常務が持っていたので私は気づかなかった。




そしてホテルへ5時半に帰り着くわけであるが、楊会長はまだまだ一緒にいたい様子であった。私もそうだが、この日は酔い潰れなくてよかった。
翌日は、大変名残の惜しいお見送り会であった。本当に例年になく、たくさんのメンバーがかけつけてくれていたのだが、そういうことだったのか、どういうことだかは、広報委員会のブログを見ていただきたい。私はデジカメのバッテリーを充電する暇がなく、見送りの写真を撮影できなかった。しかし広報委員会がそれを察してか察してないかはわからないが、偶然にも見送りシーンをブログにUPしていた。どこまでもかゆいところに手が届く広報委員会である。
http://naoya.sagafan.jp/e22311.html
さようなら、そしてありがとう楊会長、新營JCの皆さま
お疲れ様でした、国際交流委員会、相原委員長!!
ソフトボール大会を終えて、海苔のお土産を買いたいというオーダーに応えて、佐賀空港の川原先輩の所へお邪魔した。佐賀のお土産では、海苔がうけるらしい、新營JCとの交流事業ではこんな突然のオーダーにも応えなければならない、私は国際担当を、しかも受け入れの時ばかり

昼食会は千代田館で開催され、国際交流委員会の日本式の料理を振舞いたいという思いがこもった昼食会であった。
もともと二時間かけてゆっくりと行うはずの昼食会であったが、突然、楊会長が唐津城と呼子に行きたいといいだされ、急遽一時間に短縮し、急いで唐津へ向かった。もちろん夜の歓迎会に間に合わせるには呼子は無理であるので我慢してもらった。
唐津へ向かうバスの車中に、唐津JCの森先輩に電話をかけ、お出迎えをお願いした。西島理事長をはじめ、唐津JCの皆さま、突然の呼び出しに応えていただいてありがとうございました。このご恩は、全城で返します、流石唐津JC!のりが良い。こののりの良さが大好きだ。
そして、福岡一泊佐賀二泊の交流事業を締めくくる、歓迎懇親会がホテルニューオータニで開催された。
乾杯の前に、先日例会にお越しいただいた、金美齢さんの歓迎のメッセージビデオが流された。台湾の政局について、また両国の青年会議所活動についての応援メッセージであった。
スクリーンでは先日のSTSのニュース映像が流しだされ、ソフトボール大会のスライドショーも流された。本当に広報委員会の手際の良さには驚かされる。
そしてソフトボール大会の表彰式という段取りだ。
ハッスル賞が各チームから一名づつ選出され、ショートで孤軍奮闘していた楊会長、台湾の方と見間違われる日本人離れの着こなしでソフトボール大会にも参加した森直前、またハッスルという言葉も似合ってしまう。そして本当に活躍してしまった福田先輩であった。
もうこのあたりから記憶が断片的である。
この後は、場所を移動して懇親会の延長戦、私は寝坊してはいけないので、オータニに宿泊していたのだが、ベットに寝たのは3時間くらいであった。この日もホテルへ帰ったのは朝5時半であった。出発は9時半である。
そしてホテルへ5時半に帰り着くわけであるが、楊会長はまだまだ一緒にいたい様子であった。私もそうだが、この日は酔い潰れなくてよかった。
翌日は、大変名残の惜しいお見送り会であった。本当に例年になく、たくさんのメンバーがかけつけてくれていたのだが、そういうことだったのか、どういうことだかは、広報委員会のブログを見ていただきたい。私はデジカメのバッテリーを充電する暇がなく、見送りの写真を撮影できなかった。しかし広報委員会がそれを察してか察してないかはわからないが、偶然にも見送りシーンをブログにUPしていた。どこまでもかゆいところに手が届く広報委員会である。
http://naoya.sagafan.jp/e22311.html
さようなら、そしてありがとう楊会長、新營JCの皆さま
お疲れ様でした、国際交流委員会、相原委員長!!
Posted by くうちゃん at 23:55│Comments(2)
│佐賀青年会議所
この記事へのコメント
えらいすんません。
30周年の行くぞコールしませんでしたね。
言い訳になりますが、閉会の辞はアナウンスがあってはじめて知りました。
J副理事長の予定が泥酔のため急遽自分に変更になったのでしょう。
30周年の行くぞコールしませんでしたね。
言い訳になりますが、閉会の辞はアナウンスがあってはじめて知りました。
J副理事長の予定が泥酔のため急遽自分に変更になったのでしょう。
Posted by 閉会の辞 担当 at 2008年04月22日 13:33
すごいですね、佐賀JCの皆様 ヾ(* ̄∀ ̄)ノ
来年台湾ですか!?
飛び入りとかヨカですかね~ヾ(-д-;)
来年台湾ですか!?
飛び入りとかヨカですかね~ヾ(-д-;)
Posted by てんぞ at 2008年04月23日 22:10